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広島高等裁判所松江支部 昭和57年(う)55号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人田村康明作成の控訴趣意書並びに弁護人岡崎由美子作成の控訴趣意補充書各記載のとおりであるから、これらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点 事実誤認の主張について

所論は、要するに、本件被害者の死因は結局後頭部正中の打撲だけであるが、被告人らが右の死因となる暴行傷害を加えたことを証明するものは一切ない、原判決は仮に被告人らの直接の暴行によつて傷害が生じたものでないとしても、因果関係の範囲内にあると判示しているが、本件の如き結果的加重犯において、原因と結果との間に単に条件関係があるというだけでは足りず、法的な相当因果関係の範囲内にあるか否かを検討すべきであつて、本件は傷害致死が成立しないにもかかわらず、原判決はその成立を認めたもので事実誤認があり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。しかしながら原判決挙示の証拠を総合すると原判示事実を優に認めることができ、所論に鑑み記録を精査し当審における事実取調べの結果に照らしても、原判決が弁護人の主張に対する判断として説示しているとおり、因果関係を認めたことは相当であつて、原判決に所論指摘のような事実誤認があるとは思われない。

すなわち、記録によれば、被害者の死因は頭部擦過打撲傷(四・四センチメートル×四・三センチメートル、以下「本件傷害」という。)に基づくくも膜下出血であつて、その傷害の成因は鈍体の衝突によるものであるというのである。そこで、被害者の頭部に暴行を加えたのがどの行為であるかを検討するに、原判示丸山墓苑内で被害者を普通乗用自動車から降ろし、まず、藤原一郎が手拳で被害者の顔面を殴打し、更に転倒した同人の腰部等を一〇数回足蹴り、被告人と田原稔穂も被害者を囲み同人の腰部等を一〇数回足蹴りしたものであつて、午前三時過ぎの薄明りの中で、左右に転げまわる被害者を足蹴りしたのであるから、被害者の後頭上部正中を足蹴りした蓋然性は否定できず、被告人と田原は頭部を足蹴りしたことはないと弁解しているが、藤原は必ずしもこれを否定しているわけではなく、原判決が右墓苑内において被害者の胸部、腹部、腰部及び頭部に対し暴行を加えたと認定したことは相当である。所論は、被告人らの当時の履物で足蹴りしても本件傷害は生じないというのであるが、当時被告人はスニーカー、藤原、田原はともにゴム長靴をそれぞれ履いていたところ、原審において証人岡田吉郎は、サンダル履きの足で蹴つても本件傷害の成因となる旨供述していることに照らすと、スニーカーあるいはゴム長靴履きで蹴つても、同様、本件傷害の成因となると考えられる。そうすると、被告人らのうちの誰のどの行為によつて本件傷害が生じたかを特定できないにしても、被告人らの暴行が本件傷害の成因となつた蓋然性を否定できず、致死との因果関係を認めることができる。また仮に、弁護人所論のごとく被害者の本件成傷の原因が被害者が丸山墓苑内の池に落込んだ際に生じた可能性が大きいとしても、前掲証拠によれば、被害者は被告人らから足蹴りされる等の暴行に耐えかね隙をみて逃げ出し斜面に岩石の露出している池に落込んだものでその際後頭上部正中を打撲したとすれば被告人らの加えた暴行と右打撲傷に基づく死亡との間には刑法上因果関係があると認めるのが相当であつて、いずれにしても、原判示傷害致死の認定は相当である。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点 量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役六年に処した原判決の量刑は不当に重いというのである。

所論に鑑み記録を精査し当審における事実取調べの結果に照らすと、被告人は、昭和四〇年八月から同四五年三月までの間に暴力行為等処罰に関する法律違反罪又は窃盗等の罪により三回懲役刑に処せられて服役し、同五〇年三月から同五三年一〇月までの間に暴力行為等処罰に関する法律違反等、傷害罪、暴行罪によりそれぞれ罰金刑に処せられ、その間の同五一年一〇月には傷害罪により懲役四月に処せられ、そのうえ暴力団北村組の若頭の地位に至つたものであるが、自己の経営する企業ミニ新聞社の従業員であつた被害者が、右北村組々員藤原一郎所有の普通乗用自動車一台を借りたまま返還せず姿をくらましたことに腹を立て、右藤原や同じ北村組々員田原稔穂と共に右被害者を探しまわつていたところ、同人を飲食店で偶々見かけるや、右藤原、田原と共謀して、右飲食店付近路上や、車に乗せて連行した墓苑内で被害者に対し被告人らにおいてこもごも頭部等を殴打足蹴りする等の暴行を加え、更にその後モーテルで被告人において右被害者の腹部等を足蹴りする等の暴行を加え、軽傷を含めて全身に四〇数か所前後の傷害を負わせ、よつて、約一週間後にくも膜下出血により死亡するに至らせたという極めて執拗かつ残忍な事案であつて、本件犯行の罪質・態様・結果の重大性、特に被害者の老母が被告人を許せないと無念の心情を吐露していること、共犯者間における被告人の地位、本件犯行における役割並びに前科に照らすと、刑事責任は重大であつて、本件犯行に至る経緯において被害者にも責められるべき点があつたことを考慮しても、原判決の量刑は十分に首肯することができ、相当であるというべきである。

しかしながら、被告人は、原判決後交通事故で受傷した損害賠償金として加害者側から一五〇万円の支払いを受け、これを全額本件被害者の妻子に対し慰藉料の一部として提供してお詫びの誠意を示しておるのでこの点を量刑に斟酌することが相当であり、現時点では原判決の量刑は稍々重きにすぎるということができる。

よつて、刑訴法三九七条二項、三八一条により原判決を破棄し同法四〇〇条ただし書を適用して更に次のとおり判決する。原判決の認定した事実に原判決摘示の法令を適用した刑期範囲内で被告人を懲役五年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入することとし、刑訴法一八一条一項本文により原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とすることとして、主文のとおり判決する。

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